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コラム

インターネット上での安易な人物特定のリスク

投稿日

2019.08.26

投稿者

吉井 和明

カテゴリー

IT法務

クレーム対応

その他の民事・家事事件

ネットにおける誹謗中傷

弁護士の吉井です。

先日発生した常磐道でのあおり運転殴打事件に関連し、同乗していた女性として、無関係の女性がインターネット上で名指しされるという事件がありました(※1)。

このような誤った人物特定により無関係の者が誹謗中傷されるという事件は過去何度か起きており、福岡でも、高速道路死亡事故を起こした被告人の出身地に所在し、被告人と同姓であるというだけで、被告人の実家であるとの誤った特定がなされ、多数の誹謗中傷を受けることになった方がいます。

福岡の事件では、福岡地検小倉支部において、書き込みを行った11人の男性について名誉棄損容疑で書類送検しましたが、その後、不起訴となり、昨年11月、検察審査会に起訴相当の議決を求め、申立てを行ったことが報道されており(※2)、また民事でも、本年3月、男性8人に対し、合計880万円の損害賠償を求める訴訟が提起されたとの報道がなされています(※3)。

インターネットの普及により、個人の様々な情報が、インターネット上にアップロードされるようになりました。これにより、特殊な技術を持たない個人でも、ある程度の調査ができるようになったことが、このような事件を生み出されるようになった背景ではないかと思われます。また、同じく、インターネットの普及により、十全であれば、近所の噂話レベルのものにすぎなかったものが、日本中、場合によっては世界中に拡散するようになったことも、被害が表面化した理由といえるかもしれません。

ただ、インターネット上の情報というものは、使っている方が思っているほどには、情報が正確ではないこともあり、また、結局のところ、分析は情報の使い方次第でもあるため、特定する側の情報の選別、手法が熟練したものでなければ、簡単に誤認が生じますし、そのような過程での特定では、誤認が間違いではないことの証明もできません。インターネットは、調査、表現のために非常に有用な道具であることは確かですが、万能の道具ではありません。

私も、インターネット上の書き込み等に関する発信者情報開示請求や削除請求の事件の依頼を通じ、相談者の方自身での発信者の特定のお話を相談の中でお聞きする機会がありますが、強い客観的証拠に基づいて特定できているケースはあまりなく、主観やあいまいや書き込み内容により特定したと思われている方が多いように感じています。

このように、インターネット上での確実な特定は難しく、安易なインターネット上での人物特定とその情報拡散は、特定された側はもちろん、発信する者にとっても百害あって一利ありません(発信者が事件と無関係の者であれば特に)。これは、既になされた誤った投稿を広める手助けをすることも同様です。それでもあえてこのような発信をするのであれば、損害賠償と刑事罰を受ける覚悟をもってやるべきと思われますが、そのような覚悟をもってまでやるようなことなのでしょうか。

昨年2月、大分で、殺人事件に関与した人物であるなどと誤った特定がなされ、被害に遭ったスマイリーキクチさんの講演をお聞きする機会がありました。

講演では、スマイリーさんがこれらの誹謗中傷により、ご自身の生活上受けた大変な被害を淡々と語る姿が非常に印象的でしたが、スマイリーさんの場合、法的対応がないまま、長時間中傷にさらされたこともあり、面白半分でなされた投稿により、これだけの人生への影響が生ずるのだということを改めて思い知りました。

最近は、以前よりも裁判所の手続による開示請求は一般的なものとなってきており、被害の回復は幾分マシになったとは思うところですが、このような被害がなくなるために、少しでも力を尽くせればとこのような事件を見るたび思う次第です。

※1 https://www.sankei.com/west/news/190820/wst1908200028-n1.html 
※2 https://www.asahi.com/articles/ASLCZ55S2LCZTIPE021.html
※3 https://www.sankei.com/affairs/news/190301/afr1903010049-n1.html