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コラム

相続放棄について 令和1年8月9日最高裁判決を例に

投稿日

2021.07.30

投稿者

鷲見 賢一

カテゴリー

遺言書作成・相続・財産管理

《事例1》「長年没交渉だった親戚が亡くなり,自分が相続人であることを知った。ところが,その親戚は多額の負債を抱え,見るべき資産はなかった。」

 

こうした事例を想定します。このままでは,相続により負債を負うことになるので,まず,検討すべきが相続放棄です。注意が必要なのは,相続放棄には期限があるということです。民法915条1項には,次のとおり定められています。

「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」

つまり,自分が相続人になったことを知ってから,原則として3か月以内に家庭裁判所に相続放棄の申述をする必要があります。この3か月の期間のことを,相続放棄をするか否かを考える期間という意味で,「熟慮期間」と呼ぶことがあります。

では,次のような事例は,どうでしょうか。

 

《事例2》「令和X年1月1日,長年没交渉だった伯父(父の兄)が亡くなり,父が相続人となった(1次相続)。亡くなった伯父は多額の負債を抱えていた。ところが,父は相続放棄も承認もしないまま死亡し(令和X年3月1日),私が父の相続人となった(2次相続)。私が1次相続について知ったのは,令和X年6月になってからであった。」

 

仮に,父が熟慮期間内に相続放棄をしていれば,伯父の負債を父が相続することなく,したがって「私」も伯父の負債を受け継ぐことはありませんでした。ところが,父が熟慮期間内に相続放棄も承認もしていないので,1次相続について放棄するかどうか選択する地位は,2次相続により父から「私」に受け継がれています(「再転相続」と呼ぶことがあります)。その結果,伯父の負債を受け継がないようにするには,1次相続について「私」が相続放棄をする必要があります。

ところが,現在,令和X年6月末だとすると,父が亡くなってから(相続開始を知ってから)すでに3か月が経過しています。間に合うのでしょうか。

 

再転相続の場合の熟慮期間については,民法916条に定めがあります。

「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第一項の期間(筆者注:熟慮期間のこと)は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。」

もっとも,ここでいう「自己のために相続の開始があった」というのは,1次相続を指すのか,2次相続を指すのか,はっきりとは書かれていません。また,父が1次相続について知らなかったとしても結論は同じなのかどうかも,条文だけでは明確ではありません。

そこで,これらの点について解釈を示したのが,令和元年8月9日の最高裁判決です。

 

「再転相続人である丙は,自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって,当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。また,丙は,乙からの相続により,甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの,丙自身において,乙が甲の相続人であったことを知らなければ,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできない。丙が,乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず,丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって,甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは,丙に対し,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。

以上によれば,民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が,当該死亡した者からの相続により,当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を,自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。

なお,甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点について,乙において自己が甲の相続人であることを知っていたか否かにかかわらず民法916条が適用されることは,同条がその適用がある場面につき,「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」とのみ規定していること及び同条の前記趣旨から明らかである。」

 

最高裁はこのように判示して,再転相続人が1次相続(について自分が承継したこと)を知ったときが熟慮期間の起算点になる(さらに,再転被相続人が1次相続を知っていたか否かは結論を左右しない)という解釈を示しました。

したがって,この判例によれば,先の事例で,令和X年6月から3か月以内に「私」は伯父の相続について相続放棄をすれば良いということになりますから,「まだ間に合う」という結論になります。

 

このように,一口に「相続放棄」と言っても,法的に複雑な問題点を含むケースも多々あります。お悩みの際は,一度,弁護士などの専門家に相談されるとよいでしょう。