1 国家賠償法と聞くと国を相手に大規模な訴訟をするというイメージがあるかもしれませんが,実は私たちの身近なところに関係する法律でもあります。今回は,この国家賠償法が適用される一場面を取り上げてみたいと思います。
2 当事務所のある長崎は,坂の多い街です。坂道と周囲の土地に段差がある場所も多くあります。先日,私がふだんよく通る坂道に,新たに転落防止用の柵が設置されていることに気づきました。たしかに,柵がないと,暗い夜道では街灯もまばらで,足を踏み外して段差から落下する危険がありました。ひとたび落下すれば大怪我は免れない高さです。
さて,仮にこの場所に柵がないままだったとします。通行人が段差から落下して怪我をしたらどうなるでしょうか。泣き寝入りするほかないのでしょうか。
通行人の落ち度や現場の状況によっても様々ですが,この道を管理している国または自治体に対して治療費や慰謝料などの賠償を求めることが考えられます。その根拠が国家賠償法の2条1項です。
3 この条文には,国や自治体が公の目的に供している施設や物の設置・管理に瑕疵があって住民に損害を与えた場合,国や自治体はその損害を賠償しなければならないと規定されています。ここで「瑕疵」というのは通常有すべき安全性を欠くことをいうとされています。
少し難しい言葉ですが,側溝の蓋が外れたり壊れていたような例をイメージすると分かりやすいと思います。そうした破損があれば,通行人が転ぶことは予測できるのに,管理している国や自治体はその危険を取り除かなかった。そんなときに安全性を欠いているとして,国や自治体に賠償責任を課すという発想です。
4 この国家賠償法2条の規定に関し法的論点は様々ありますが,とくに大事なポイントは「危険がどの程度予測できたか」という視点です。「予見可能性」と言ったりもします。典型的なのは,一度事故があった場所や物です。修繕せずに放っておけばまた事故が起きるのは目に見えています(予見可能性がきわめて高い)。にもかかわらず,何もしないままもう一度同じような事故が起きたときには,管理に瑕疵がなかったとは認められにくいのです。
予見可能性は次のようなケースでも問われます。かつて,ある自治体が管理する道路のグレーチング(鉄製の格子状の溝蓋)どうしの間に2.5cmの隙間が空いていて,ロードバイクのタイヤが隙間にはまり転倒,乗っている人が怪我をして自治体に賠償を求めるという裁判がありました(京都地裁平成26年11月6日判決)。このロードバイクのタイヤ幅は2cm。対して,普通の自転車のタイヤの幅は3cm~3.5cm。普通の自転車ならはまることはなかったのです。この裁判では瑕疵の有無については争いになりませんでしたが,ロードバイクなどスポーツタイプの自転車が普及していることに照らせば,仮に争いとなっても,予見可能性なし,つまり,瑕疵がないという結論を導くのは厳しいかもしれません。
5 さて,こうした瑕疵の有無の判断基準は,事故を防止する際にこそ生かされるべきです。自治体や国は,定期的に道路や公園等の点検を実施していると思いますが,法律や裁判ではどの程度シビアに安全性を判断しているのかを知って点検に臨むことで,今まで見えてこなかった問題が見つかるかもしれません。
また,最近では,市民が道路などで危険な箇所を発見した際,スマホのカメラやGPSを利用して即座に通報できるアプリを提供している自治体もあるようです。事故は未然に防ぐに越したことはありませんから,こうした取り組みが増え,行政と市民が協力して安全な街を作っていけたら良いと思います。
以上