1 賃貸人からの解約は容易ではない
建物賃貸借契約を結んだ場合,賃貸人がその賃貸借契約を解約したり,更新を拒絶したりすることは容易には認められません。賃貸人側から賃貸借契約を終了させるのは容易ではないのです。
不動産賃貸業を営んでいる方であれば,ご存知の内容であるとは思いますが,賃貸借契約書に「契約期間が定めてあっても」,「中途解約できる旨の定めがあっても」,賃貸人側から賃貸借契約を終了させるのは容易ではない,ということを覚えておく必要があります。
今回は少し詳しく解説したいと思います。
2 なぜ,容易でないのか?
借地借家法第28条があるからです。
同条は,「建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知(※契約期間満了に際しての,更新拒絶の通知です。)又は建物の賃貸借の解約の申入れは,建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか,建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して,正当の事由があると認められる場合でなければ,することができない。
2 正当事由が認められるかがポイント
正当事由の有無は,
① 建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか,
② 建物の賃貸借に関する従前の経過,
③ 建物の利用状況及び建物の現況
④ 並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出
を考慮して,判断されます。
3 正当事由が認められた事例
東京地判平成3年9月6日1(判例タイムズ785号177頁)
・・・原告は、杏林大学への再就職に伴い、同大学への通勤に便利な本件建物を自ら使用する必要に迫られており、本件建物に居住できれば、そこから至近距離にある都立駒込病院からの招聘にも応じられることになり、自己使用の必要性は極めて大きいものと認められる。他方、被告の側についてみるに、被告一家が三〇年以上もの長きにわたって本件建物に居住し、これを中心として生活関係を築いてきたことは、たしかに無視てきない事情ではあるが、これとても本件建物を絶対に必要とする事情とまでは考え難いところであるし、被告の経営する前記株式会社総建は、その登記上の本店こそ本件建物に置かれているものの、実際の業務は別のところにある事務所において行われており、長女のワープロ教室についても、本件建物でなければ開設できないという事情があるとは認められない。
そうすると、被告一家が本件建物から立ち退いて他に転居先を確保するのに要する経済的負担の一部を立退料として原告に負担させることにより、それを補強条件として本件解約申入れの正当事由を肯定するのが相当である。しかして、本件の場合、右経済的負担は、転居先を新たに賃貸することによって生ずる賃料の差額負担(この場合、本件建物の賃料が昭和五一年五月以来月額六万円に据え置かれており、昭和六一年一月以降被告において月額七万円に増額して供託していることを考慮に入れても、かなり低額であることを斟酌するのが相当である。)、敷金・礼金等の一時的支出及び引越費用等が主なものであるところ、その一部を原告に負担させるための金額として、原告の申し出ている七〇〇万円は相当なものと認められる。・・・原告の本訴請求は、被告に対し原告から七〇〇万円の立退料の支払いを受けるのと引換えに本件建物の明渡を求める限度において理由がある。
4 定期建物賃貸借を利用するか?
定期建物賃貸借(借地借家法第38条)は,契約で定めた期間が満了することにより,更新されることなく,確定的に賃貸借契約が終了します。したがって,前述した問題は生じません。もっとも,定期建物賃貸借は,賃借人側にデメリットがあるものですので,賃料を安くする等,他の条件を賃借人に魅力のあるものにしなければ,借り手が集まらないという状況があると思います。
5 合意解約
賃貸人側からの一方的な賃貸借の終了が認められにくいため,賃借人と交渉し,一定額の立退料を支払うなどの内容を含んだ合意(合意解約)をすることも,考えられます。
6 賃料の滞納がある場合は?
賃料の滞納が続いているなど,賃借人に賃貸借契約に定める義務違反がある場合には,当該義務違反を理由として賃貸借契約を解除する方法も検討できます。
弁護士 植木 博路