弁護士の関です。
今回はクレプトマニア(窃盗症や窃盗依存症ともいいます。以下では、「クレプトマニア」に統一します。)に対して、未だに見られる誤解についてお話しいたします。
その誤解とは、「クレプトマニアが万引等の窃盗行為を繰り返すのは経済的困窮が原因」というものです。まず先に結論から述べますが、これは間違いか、少なくとも著しく不正確です。
確かに、経済的事情により窃盗行為を繰り返す方もいます。このタイプはクレプトマニアが病的窃盗とされるのに対し、職業的窃盗と分類されることがあります。例えば、スリ行為で生計を立てている場合等が典型かと思います。
しかしながら、クレプトマニアに分類される方が窃盗行為を繰り返すのは経済的困窮とは基本的には関係ありません。実際、これまで私が弁護を担当した方にそういう方はおらず、むしろどちらかと言えば経済的には裕福な方が多い印象です(これは私選弁護を依頼できるだけの資力がある方を担当するので当然と言えば当然かもしれません)。
改めての確認ですが、クレプトマニアは精神疾患ないし疾病です。仮に経済的に裕福になったからといって直ちに症状や状態が改善するものではありません(この点については、一般の方もそれほど想像が困難なことではないと思います)。
しかしそれでも、特に警察を始めとする捜査機関から、万引などによって少しでも得をしようという気持ちはなかったか、代金を払わずにすませることで経済的に利益を得る気持ちは全くないのか等と質問を受けると、どの方もそういう気持ちがなかったわけではないと正直に答えます(ゼロだとはどんな人でも答えにくいはずです)。例えば、摂食障害を併発している方だと、多くの場合万引した食料品を食べ吐きしてしまいますので、どうせ吐いてしまうものなら代金は払いたくない気持ちがどこかにあったと話します。
その結果、まさに判で押したように経済的に困っていたので万引きをしましたという、私からすれば数え切れないほど目にした供述調書が作成されることになります。私からこの調書で書かれていることは本当?と確認すると、ほぼ全ての方が「言われてみればゼロではないので」と説明します。このような調書がクレプトマニアの方の状態を正確に反映させているわけがありません。
捜査機関がこの点にこだわるのは、一般的に用いられているDSM-5という判断基準に「個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に対抗できなくなることが繰り返される」というものがあるためです(DSM-5・診断基準A)。この基準を満たさないからこの被疑者はクレプトマニアではないと考えているのです(この基準の問題点にはついては以前のコラム・クレプトマニア②をご覧ください)
それが100%間違いとは言いませんが、少なくともクレプトマニアの方が今後治療等によって症状を改善させていくためには、不正確な理解はただの妨げに他なりません。すでに治療されている方や医療機関と繋がっている方はいいですが、では経済事情を好転させれば改善できるなかと勘違いされる方がいないとも限りません。
勿論、継続的な専門治療を受けるにしても、そのために適切な環境を整えるにしても、経済的に安定していた方が好ましいのは言うまでもありません。しかしながら、クレプトマニアの根本的な治療ないし症状の改善に直接結びつくものではないのです。
これを読まれている皆様も、もし万引を繰り返している家族や友人から相談を受けた場合、安易に経済的な理由に結びつけてはなりません。また、そういった本人の説明を鵜呑みにしてもいけません(残念ながら自分がクレプトマニアであることを否定したい本人にとっても非常に用いやすい説明なのです)。
やはり重要なことは、これまでのコラムでも繰り返し述べて来たように、出来る限り速やかに専門医療機関を受診することです。私を含めた素人が勝手な判断や解釈をするべきではありません。
仮に本人が強く経済的な理由を主張したとしても、是非とも医師などの専門科にご相談することをお勧めいたします。
以上