弁護士の吉井です。今回は、最近話題になっている、ブロッキングについて開設したいと思います。
まず、最初に、ブロッキングとは何かですが、正確性を無視して簡単にいってしまうと、ドメイン名(このサイトでいえば、agl-law.jp)を入力しても、本来のサイト(このサイトでいえば、当事務所サイト)に繋がらないようにしてしまう方法です。
ブロッキングを行うためには、プロバイダ側で、通信の内容(その通信で、どのサイトを閲覧しようとしているか)を機械的に確認し、その内容がブロッキングの要件を満たすときは、サイトへの接続をさせないようにする必要があります。
4月13日、政府は、漫画海賊版を公開するウェブサイトによる著作権侵害に関し、緊急避難に該当し、刑事上違法ではないと解釈されるため、プロバイダ側で「ブロッキングを行うことが適当」と述べました。また、これを受けて、NTTグループはブロッキングに乗り出すことを表明しました。このNTTグループの動きに対しては、利用者である弁護士より、ブロッキングは違法であるとして差し止めを求める訴訟が提起されています。
ブロッキングは、上記のプロバイダの行為の中に、通信の内容の把握が入っていることから原則違法です。すなわち、憲法21条2項は、「通信の秘密は、これを侵してはならない。」とされ、また、電気通信事業法において、「取扱中に係る通信の秘密」を侵すことが禁じられ(同法4条)、電気通信事業に従事する者が通信の秘密を侵した場合、3年以下の懲役または200万円以下の罰金が科されることとされています。(通信の秘密を侵害する可能性があることは、上述の4月の政府提言でも認めています)。
その後、立法の裏付けなしでのブロッキングの実行については、緊急避難の要件を満たさず、少なくとも、直ちにブロッキングを実行することは問題があることは認知されましたが、今度は、政府の「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」において、ブロッキングの立法化が議論されることとなりました。
上述のとおり、ブロッキングは、通信の秘密を侵し、ひいては発信者のプライバシーを侵すことになります。たかが通信、と思うかもしれませんが、通信に含まれるURIを見ることができれば、どのようなウェブページを見ているかを把握することができ、特に分析技術が急速に発展している昨今の状況を鑑みれば、簡単に発信者のプロファイリングができてしまいます。
また、ブロッキングは、ブロックされたウェブサイトへの到達可能性がなくなりますから(とはいえ、簡単な回避方法もあり、その意味で実効性を疑問視されてもいますが)、その意味では、インターネット利用者側から情報を受領する機会を奪うため、表現の自由を害することともなり得ます。
さらに危険なこととしては、このような措置は、容易に適用範囲が広がってしまうということです。蟻の一穴という言葉もありますが、例外はできる限り作らないに越したことはないのです。
これらの弊害を抜きにして、立法するのであれば、それを正当化できるだけの相当強度の理由がなければなりません(法律用語でいえば、立法事実の存在とか、違憲審査基準を満たす必要があります)。
また、逆に、このような措置を採るのであれば、なぜ著作権だけが正当化されるのかという問題にもなります。
インターネット上での表現により侵害されているのは、著作権だけでなく、例えば、わかりやすいところではプライバシーや名誉権などの人格権もあり、強度の精神的苦痛を加えられることにより、心身に支障をきたしている人も少なからず存在することを考えれば、そちらへの対処のほうが重要ではないかと思われます(特に、あまりに執拗なものについては、場合によっては健康被害だけでなく、人命にかかわるものもあり得ます)。
また、インターネット上の表現そのもので侵害されているわけではありませんが、インターネット上の詐欺のようなものによって、一般市民の財産が根こそぎ奪われるようなことは頻繁に目にするところで、これを防止する方法も必要でしょう。
もっとも、これらをすべてブロッキングという強烈な手段で対応した方が良いのか、ということを考えると、やはり効果を考えれば、劇薬であり、ほかに選びうる手段があるのではないかということになります。
ここで、上記の必要性に戻るのですが、人格権や著作権に関しては、発信者を特定するという意味では、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求があり、任意に応じない場合でも、使用したプロバイダのIPアドレスの開示程度であれば、仮処分によってもこれを実現することができます。プロバイダが特定できたのちは、プロバイダに対して発信者情報開示訴訟により、当該発信者を特定することができます。
実際、今月9日には、漫画村のCDN(コンテンツ配信サービス)業者であるクラウドフレアを相手として、東京地裁で発信者情報開示、削除の仮処分が発令されたようで、このように、現行法上、実効性のある手段が存在しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3631981010102018CR8000/
また、今月10日には、日本の弁護士が米国法律事務所の協力のもと、氏名不詳者を被告とする訴訟を米国で提起し、その過程で、クラウドフレアに対し、被告である契約者情報の開示を求めるSubpoena(召喚令状)のもと、同契約者情報の開示を受けたとの報道もなされました。
https://www.buzzfeed.com/jp/takumiharimaya/manga-mura
報道のとおり、人格権侵害、著作権侵害に関しては、わが国でも発信者情報開示請求や削除請求により、一定の対応が期待できるところで、立法論よりも、先に現行法とその解釈により解決すべきが本筋といえるでしょう。
もっとも、日本のプロバイダ責任制限法による発信者情報開示請求は、訴訟に至るまで2回の開示が必要となる、裁判管轄が被請求者の所在地あるいは東京になってしまい、地方の被害者が救済されにくい、ISPのアクセスログの保存期間が短く、時間経過により簡単に追跡不可能な状態に置かれてしまうなどの使い勝手の悪さがあり、さらにいえば、上記のような発信された情報が単に手段となっているような詐欺被害をはじめとした消費者被害に関しては利用できないという問題があります。
これらを解決するためには、プロバイダ責任制限法をより使い勝手の良いものに改正する、民事訴訟法を改正し、アメリカのような氏名不詳者を被告とする民事訴訟の提起を認めるなどの立法措置を採る必要があり、ブロッキングの立法に心を砕く余裕があるのであれば、本筋であるこちらのほうに力を尽くすべきではないかと思うところです。
なお、上述のように、本来、制度上解決できる方法があっても、それを行うことができる知識・経験がなければ、実際の解決には結び付きません。特に、インターネット上の権利侵害案件は、ある種手続が技巧的で、また内容に関して、様々な裁判例の積み重ねや、主張の応酬の中で、特殊化している部分もあります。その意味で、この分野に長けた専門家に、問題の解決を依頼することが重要であるといえるでしょう。