1. はじめに
近年、グループ会社全体のコンプライアンス重視の立場から、グループ会社全体に適用される『グループ内部通報制度』を設ける会社が増えています。これは、グループ会社の不祥事が、親会社はもちろんグループ全体の信用を損なう事態にまで発展しかねないことから、事前の法令違反等の情報提供により組織の自浄作用を期待するものです。会社法で規定されるグループ会社における内部統制(会社法第362条第4項第6号、同施行規則第100条第1項第5号)のひとつの具体化であり、また、株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」における【原則2-5.内部通報】※1をはじめ、多くの法令等が内部通報制度の設置を要請しています。
このように、近年、グループ内部通報制度を設置する会社が増えているのですが、平成30年2月15日、最高裁で、グループ内部通報制度にかかわる興味深い判例が出ましたので、ご紹介したいと思います。
2.事案の概要
事案の概要ですが、本件は、Yの子会社の契約社員としてYの事業場内で就労していたXが、同じ事業場内で就労していた他の子会社の従業員Aから、繰り返し交際を要求され、自宅に押し掛けられるなどしたことについて、Yに対し、グループ内部通報制度等※2を整備していたのだから相応の措置を講ずるべきだったとして、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めたという事案です。最高裁では、主に『親会社がグループ内部通報制度を構築している場合に、親会社はグループ会社従業員に対して、何らかの法的義務を負うのか』という点が争いとなりました。
3.最高裁の判断
(1)グループ内部通報制度における親会社と子会社の関係
まず、控訴審が、「上告人は、法令等の遵守に関する社員行動基準を定め、本件相談窓口を含む本件法令遵守体制を整備したことからすると、人的、物的、資本的に一体といえる本件グループ会社の全従業員に対して、直接又はその所属する各グループ会社を通じて相応の措置を講ずべき信義則上の義務を負うものというべきである。」と判断したことに対し、最高裁では「上告人は、本件当時、法令等の遵守に関する社員行動基準を定め、本件法令遵守体制を整備していたものの、被上告人に対しその指揮監督権を行使する立場にあったとか、被上告人から実質的に労務の提供を受ける関係にあったとみるべき事情はないというべきである。また、上告人において整備した本件法令遵守体制の仕組みの具体的内容が、勤務先会社が使用者として負うべき雇用契約上の付随義務を上告人自らが履行し又は上告人の直接間接の指揮監督の下で勤務先会社に履行させるものであったとみるべき事情はうかがわれない。」という事実関係に着目し、「上告人は、自ら又は被上告人の使用者である勤務先会社を通じて本件付随義務を履行する義務を負うものということはできず、勤務先会社が本件付随義務に基づく対応を怠ったことのみをもって、上告人の被上告人に対する信義則上の義務違反があったものとすることはできない。」として親会社の責任を否定しました。
(2)親会社がグループ内部通報制度を構築している場合にグループ会社従業員に対する信義則上の義務を負うことがある場合の示唆
最高裁は、親会社がグループ内部通報制度を構築している場合には、事情によっては親会社も、グループ会社従業員に対して適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があることを示しました。「上告人は、本件当時、本件法令遵守体制の一環として、本件グループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける本件相談窓口制度を設け、上記の者に対し、本件相談窓口制度を周知してその利用を促し、現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。その趣旨は、本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正の確保等を目的として、本件相談窓口における相談への対応を通じて、本件グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為(以下「法令等違反行為」という。)を予防し、又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。これらのことに照らすと、本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、上告人は、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、上記申出の具体的状況いかんによっては、当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。」
4. 最高裁の判例をふまえて
最高裁では、控訴審の判断とは逆に、親会社の子会社従業員に対する損害賠償責任は否定されました。ただし、当該事案での責任は否定したものの、事情によっては法的責任が発生することが示されました。最高裁では、「申出の具体的状況いかんによっては、当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合がある」としています。
最高裁の判例をふまえて、グループ内部通報制度を設けている会社は、当該制度が実効的に機能するためにも、改めて自社のグループ内部通報制度を見直し、親会社がとるべき対応について確認する必要があると思われます。また、これからグループ内部通報制度を設けようとする会社は、今回の判例を意識して、グループ内部通報制度の仕組みを構築していく必要があると考えます。
グループ会社全体のコンプライアンスを重視し、グループ会社全体に適用されるグループ内部通報制度を設けることは非常に有益だと考えますが、ただし、そのようなグループ内部通報制度を構築している以上、親会社は、事情によっては、グループ会社従業員に対して法的責任を負う場合がある、ということも、今回の最高裁の判例が出た以上、しっかりと留意しておく必要があります。
以上
※1【原則2-5.内部通報】
上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法また
は不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、
また、伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報
に係る適切な体制整備を行うべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現す
る責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。
※2 国内外の法令、定款、社内規程及び企業倫理(以下「法令等」という。)の遵守に関する社員行動基準を定め、自社及び子会社等から成る企業集団の業務の適正等を確保するための体制を整備していた