弁護士の関です。
今回はこれまでみてきたクレプトマニア(窃盗症や窃盗依存症ともいいます。以下では、「クレプトマニア」に統一します。)の恐ろしさについて改めて述べたいと思います。
この病気の本当に恐ろしいところは、仮に有罪で実刑判決が下り、刑務所に一定期間収容されたとしてもそれで終わりではないことです。
ほとんどの場合、弁護人として担当する刑事事件は、判決が下った時点で一区切りが着きます。勿論その後上訴の有無を被告人と確認したり、私選弁護の場合は上訴した後も弁護人を継続するか検討することはありますが、基本的には任務終了です。
しかしながら、クレプトマニアに罹患している被告人やその家族にとっては全く終わりではありません。刑務所で服役したからと言って、症状が改善する人は極めて稀だからです。これまで私が担当してきた方は、皆さん非常に真面目で、自らが犯した罪を正面から認めつつ、刑務所から社会に戻ったら必ずクレプトマニアの治療を継続する、私にも出所後すぐに連絡すると仰っている方ばかりでした。
しかしそれでも、刑務所で服役を終え出所した後に、治療を自主的に続けられる方は非常に少ないのが実情です。そして、残念ながらその内の多くの方は数ヶ月から一、二年以内に再び窃盗を行なってしまいます。そうなると、起訴された場合は法律上執行猶予が付けられませんので(刑法56条)、再び実刑となり刑務所に収容される可能性が極めて高くなります。当然、治療を受けることもできませんから、また出所しても・・・、と繰り返しになります。日本におけるクレプトマニア治療の分野の第一人者である赤城高原ホスピタル院長の竹村道夫先生によれば、同院でも残念ながら同様のケースが多いそうです。
(ほとんどの場合、出所後再び窃盗を行ってから私に連絡があり)ご本人にどうして出所後すぐに治療を受けるか、せめて私や病院に連絡できなかったのかと聞くと、皆さん同じようにお答えになります。
それは「刑務所に入って、毎日あんなに辛い思いをして、もう二度と万引きはしないと常に誓っていたから、もう絶対に大丈夫だと思った」というような内容です。
この言葉自体に嘘はないと思いますし、少なくともこれまで私が担当した方は皆さん非常に真面目な方ですから、刑務所の中でも真摯に過ごされてきたのだろうと思います。それはとても困難で素晴らしいことです。勿論、刑務所に収容される前に、出所したら必ず治療を受けるとの言葉も本当でしょう。ここに、この病気の本当の怖さがあります。
辛い思いとか、強い覚悟とか、この病気の前では何の意味も持たないのです。患者さんのどんなに悲壮な決意もこの病気は無慈悲に意味のないものにしてしまいます。例外は基本的にありません。
私はこういう経験を何度もしたことで自らの弁護活動を反省し、考えを改めました。具体的には、多くの事件のように判決が下った時点で一区切りが着くという考え自体を捨てました。
現在は、残念ながら実刑となり刑務所に収容された後でも、(勿論意向を確認した上で)ご家族と定期的に連絡を取り、必要があれば刑務所に面会にも行くようにしています。ご本人が、竹村医師が担当されていた患者さんの場合は、竹村医師とも連絡を取るようにすることもあります。判決で執行猶予をいただいた場合も(この場合治療を継続しなければ再犯はほぼ不可避です)、可能な限り定期的に連絡を取るようにしています。
それでも出所後の再犯を防げない場合は残念ながら往々にしてありますが、ご本人やご家族に裁判が終わったからと言って窃盗症の治療が終わったわけではないと認識していただくためには、一定程度の効果はあると考えています。
残酷なことを言うようですが、クレプトマニア治療に終わりはありません。これで終わったという思い込みは極めて危険です。本人も周りの人間もそのことから絶対に目を逸らしてはいけません。
以上