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コラム

クレプトマニア⑰

関五行

投稿日

2025.08.22

投稿者

関 五行

カテゴリー

刑事

弁護士の関です。

今回はクレプトマニア(窃盗症や窃盗依存症ともいいます。以下では、「クレプトマニア」に統一します。)治療における継続することの重要性を述べたいと思います。

 

これまでのコラムでも繰り返し述べて来たように、クレプトマニアは専門的な治療を開始することがとても難しい疾病です。治療を始めるためには自らがクレプトマニアに罹患していることを真正面から認識しないといけないためです。

私は刑事弁護を行なう中で、あるいはそこまでには至っていない法律相談の中で、何人もの方が本来ならもっと早く治療に取り組めば防げた窃盗を行うところを見てきました。

残念なことにいくら家族や弁護士を含めた周りが治療の必要性を指摘しても、当の本人が罹患を心の底から認めなければ本当の意味での治療を開始することはできません。

側から見ると明らかに異常な回数、内容の万引行為であっても、本人は「自分はクレプトマニアなどではない。やめようと思えばやめられる」などと言いながら、スーパーで家に何本もあるサラダドレッシングを盗って来たりします。

 

私はこれまで何度もクレプトマニアが上記のようにいかに恐ろしい病気なのかを繰り返し述べて来ました。

そして今回、私はさらに恐ろしいことを述べなければなりません。

それはクレプトマニアは単に治療の開始が困難なだけでなく、その治療の継続がさらに困難を極めるということです。

クレプトマニアが治療を開始するためには、本人が罹患の事実、治療の必要性について認識する必要があることはすでに述べました。

それでは、本人が最もそれを認識するのはいつでしょうか。

言うまでもなく刑事処分の手続中です。

具体的には。警察に逮捕された時、検察官から起訴された時、実刑判決を受けた時あるいはその可能性が存在する時、その判決について控訴した時、自分はクレプトマニアではないから大丈夫だと嘯いていた方も、こういった場面では流石に自らへの刑事処分の可能性から目を逸らすことができず、治療を開始せざるを得なくなります。

こう言うと、それは真の治療ではない、ただ刑事処分を逃れたいだけではないかと指摘する方が大勢います。

しかし私はそういった指摘をする方々には常に同じ以下の回答をします。

 

心配要りません。その時は必ず来ます。

 

言うまでもなくどのような刑事処分であっても終わりが必ず訪れます。執行猶予判決なら判決と同時にほぼ手続は終わりますし、仮に実刑判決になったとしても刑期を終えて社会復帰する時が来ます。

そしてその時こそ、その方の治療意思、意欲がどの程度であるのか問われることになります。

治療を開始するためには本人の認識が必要と述べましたが、治療を継続・再開するためにはその何倍もの強い治療への意思が要求されます。例外なく家族や医師、そして弁護士は治療の継続を勧めますが、残念ながら治療開始時と同じく本人がそれを認めなければ治療が継続することはありません。

 

クレプトマニアの専門治療にはいくつかの種類があり、私も全てを知っているわけではありませんが、そのどれもがとても辛いものです。

刑事手続が終わっても、やっと刑務所から出て来ても、すぐに入院し、あるいは毎日のように通院し、それ以外は基本的には家に閉じこもっていなければなりません(店に行かないこと自体が対処法なのです)。

そしてその日々は誰からも褒められるものではありません。そもそも治療のこと自体、家族や身近な人以外は知らないはずです。あえてこういう言い方をしてしまいますが、とてもつまらない日々なのだと思います。

実際、何人もの方が刑事手続が終わるとすぐ治療を辞めてしまいました。その方々とまた被疑者と弁護士という形でお会いすると、判で押したように皆さんが、前回あんなに辛い思いをしたから絶対大丈夫だと思ったと仰います。

その言葉に決して嘘はないでしょう。辛い思いをしたのも間違いありません。

しかしそれではダメなのです。ほぼ確実に再犯してしまうのです。治療していても繰り返す場合があるのだから、治療もしないで再犯を防げるわけがありません。

 

クレプトマニアは本当に恐ろしい病気です。

そしてその恐ろしさには終わりが見えない、もっと言えばそもそも終わりがないことも含まれています。

残念ながら一度クレプトマニアに罹患したら、一生治療を継続する覚悟が必要です。そうでなければ全てを失った挙句、刑務所と一般社会をただ往復するだけの人生が待っています。

私はそういう方を何人も知っています。

決して軽く考えて欲しくない、全く大袈裟ではないと強く思っています。