弁護士の吉井です。今回は、ネット上の誹謗中傷事件は、どこの裁判所で取り扱われるのか、裁判管轄のお話をしたいと思います。
当事者にとって、裁判管轄は大きな問題です。というのも、遠い裁判所ですと、出廷するための交通費と時間が必要になりますし、弁護士など代理人が出廷する場合には、本人の時間がとられない分、日当が発生し、経済的な負担がかなり増大することになるからです。これは、出廷が数回に及ぶ場合には、特にいえることです。
そのため、当事者の居住地と管轄が離れている場合、当事者は、費用負担と協議のしやすさなどを両天秤にかけて、どちらの地の弁護士を代理人にするか迷われるケースが多いです。
ここでは、ネット上で誹謗中傷された場合について、下図のように、福岡に被害者と発信者、東京に書き込みがなされた掲示板の管理者と接続プロバイダがあるものと仮定して、説明をします(後でも書きますが、当然、事件が起こった時点では、被害者は、発信者がどこに居住する者か分かりません)。
被害者の方が望まれることの多くは、(1)とにかく記事を削除してほしい、(2)今後の書き込みもやめさせたい、(3)相手に損害を賠償させたい、というものです。
(1)は、削除請求であり、相手方は、書き込みがされた掲示板の管理者丙となります。(2)や(3)は、発信者丁に対する損害賠償請求や交渉などが必要となりますが、その場合の発信者の特定には、丙のほか、発信者丁の使っている接続プロバイダ甲に対して発信者情報開示請求を行うこととなります。
これらの管轄ですが、(1)については、丙の所在地である東京のほか、不法行為地とされる被害者甲が閲覧した地、すなわち甲の居住地である福岡を管轄と捉えることができます。
(2)(3)のうち発信者情報開示請求については、丙、乙の所在地の東京がそれぞれ裁判管轄となりますが、方法によっては、福岡を管轄と捉えることもできます。
このように、これらの請求は、請求先の所在地のほか、被害者の居住地を管轄する裁判所に訴訟提起することができることが分かります。
他方で、(2)(3)のうち、丁に対する不法行為に基づく損害賠償請求などについては、被告である発信者の所在地か、不法行為地である被害者の所在地であり、場所は、この例だといずれにしろ、福岡となります。
発信者情報開示請求が問題となる場合、発信者の所在地を予め知ることはできませんので、管轄地は、不法行為地である被害者の所在地と捉えることがコスト面からは適当といえます。
旅費日当の節約のため、発信者情報開示請求と損害賠償請求で、依頼する代理人を変えるという方法もないでもありませんが、両請求はお互いに関連性を有し、事件の進行上はあまりお勧めできる方法とはいえません。
そこで、相手方に対する何らか直接の裁判上の請求をお考えの場合には、地元の、この類型の訴訟に詳しい弁護士に依頼することが適切ではないかと思われます(あるいは、移送などの可能性も踏まえ、遠隔地の弁護士と共同受任し、連携対応しているようなケースなどであれば、選択肢となりうるかもしれません)。