不動産のように価値の大きなものの売買の場合、当事者は、慎重な検討を重ね、購入するか否か、あるいは売却するか否かを決めるのが通常であると思います。
しかし、最終的に購入しない、あるいは売却しないという結論を出した場合、交渉の経過や交渉の打ち切り理由によっては、交渉の相手方に対して損害賠償責任を負う場合がありますので、注意が必要です。
すなわち、裁判例は「信義誠実の原則は、現代においては、契約法関係を支配するにとどまらず、すべての私法関係を支配する理念であり、契約成立後においてのみならず、契約締結に至る準備段階においても妥当するものと解すべきであり、当事者間において契約締結の準備が進捗し、相手方において契約の成立が確実のものと期待するに至った場合には、その一方の当事者としては相手方の期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の義務があるものというべきであって、一方の当事者が当該義務に違反して相手方との契約の締結を不可能ならしめた場合には、特段の事情がない限り、相手方に対する違法行為として相手方の被った損害につきその賠償の責を負うべきものと解するのが相当である」と考えており(東京高判昭和62・3・17判タ632号155頁等)、交渉内容が具体化すればするほど相手方は売買契約が成立することを期待しますし、その期待も正当なものとして法的に保護される場合があるということです。交渉の打ち切り理由につき相手方に責任があるような場合には、相手方の期待を保護する必要がない(損害賠償責任を負わない)と考えますが、交渉打ち切りの理由が交渉を打ち切る側の内部的な事情(不動産の取得につき理事会の承認が得られなかった、取締役会の承認が得られなかった等)や、単なる将来見通しの変更(業界が不景気になったので新規出店をとりやめ、不動産取得をとりやめる等)であり、相手方に不意打ちとなる場合には、損害賠償責任を負いうると考えます。
責任を負う場合の賠償の範囲は、契約の成立を信頼して支出した費用等の賠償が認められるということになります。例えば、売買に関し、購入予定者が申し込んだ借入の利息、契約締結交渉に要した交通費・宿泊費・通信費・人件費などです。
弁護士 植木 博路