1 はじめに
最近では,過去に人が死亡する事件・事故が発生したことがある不動産,いわゆる事故物件の場所を地図上に表示するサイトや,あえて事故物件に住み続ける芸人がいるなど,事故物件が話題になることがあります。
しかし,あえて事故物件と知りつつ住もうと思う人はごく少数であり,事故物件であることを知っていたならばその不動産を買ったり借りたりしなかった,と考える人のほうが多いと思います。
では,不動産の売買・賃貸を仲介する宅地建物取引業者は,事故物件であることを買主や借主に常に告知しなければ法的責任を負わされてしまうのでしょうか。
2 心理的瑕疵の特徴
(1)例えば家が傾いたり雨漏りがする等の物理的欠陥と異なり,不動産の中で人が死亡する事件・事故が発生したからといって,その不動産を使用するうえで物理的な支障が生じるわけではなく,ただ住む人にとって心理的抵抗があるにすぎません。
そのため,不動産の中で人が死亡する事件・事故が発生したことを,法律上は「心理的瑕疵」と呼んだりします。「瑕疵」とは欠陥という意味です。
この心理的瑕疵は,物理的瑕疵と異なり,事件後の状況変化(自殺等のあった建物が取り壊された等),時の経過,噂の沈静化などにより徐々に減少・消滅していくという特徴があります。
それにもかかわらず,一たび人が死亡する事件・事故が発生すれば,何十年も何百年も宅地建物取引業者は調査を行い告知する義務を負うというのでは負担が重すぎます。
(2)また,心理的瑕疵は,買主や借主の内心の問題であり,事故物件であることが取引の判断にどの程度影響を及ぼすのかは当事者ごとに異なります。
さらに,入居者が亡くなった場合には,亡くなった理由の如何を問わず常に買主や借主に告知しなければならないとすると,単身の高齢者の入居が敬遠され,かえって借主の利益が損なわれるという点にも留意する必要があります。
このような点を考慮し,宅地建物取引業者の負担と買主・借主保護のバランスを取るため,国土交通省が作成したのが「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下,「ガイドライン」といいます。)です。
3 ガイドラインの内容
(1)対象となる不動産
オフィスとして用いられる不動産と異なり,居住用不動産は,人が生活の本拠として使用するものであり,買主・借主は住み心地の良さを期待して不動産を購入・賃借するのが通常です。
そのため,居住用不動産については,過去に人が死亡する事件事故が起こったか否かは,その不動産を購入・賃借するか否かの判断に影響を及ぼす程度が大きいといえます。
これに対し,オフィスとして用いられる不動産については,過去に人が死亡する事件・事故が起こったことが及ぼす影響は一様ではありません。
そのため,ガイドラインは居住用不動産を対象としており,オフィスとして用いられる不動産は対象とはされていません。
(2)宅地建物取引業者が行うべき調査の内容
宅地建物取引業者は,人が死亡する事件・事故が発生したことを疑わせる特段の事情がない限り,自発的に調査すべき義務までは負いません。
ただし,特段の事情があり,調査を行う場合であっても,近隣住民に対する聞き込み調査を行う際には,亡くなった方やその遺族の名誉や生活の平穏を害さないよう注意する必要があります。また,インターネットによる調査を行う場合にも,正確性を慎重に確認する必要があります。