今回は,企業がリスクマネジメントに成功した事例として知られる,タイレノール事件についてご紹介致します。タイレノール事件とは,ジョンソン&ジョンソン社の花形製品であったタイレノールを巡る一連の事件を指します。タイレノールは,アメリカで最もよく使用される鎮痛剤で,当時,約1億人が使用していました。1982年9月29日,アメリカ,シカゴ郊外の村で,12歳の少女が原因不明の死を遂げ,その後,7名の方が相次いで同じく原因不明で亡くなり,現場には,いずれもタイレノールがあったと噂されました。地元メディアが同社へ問い合わせたところ,即座に,同社の広報部長から副社長,副社長から最高経営責任者会長へと報告がなされ,翌日には幹部会議が招集されます。また,同社の子会社でタイレノールを製造する会社の会長は,報告を受けると90分後にはヘリコプターで製造工場に急行し,製造現場を確認しました。そして,ジョンソン&ジョンソン社のCEOは,ゴールデンタイムのニュースに自ら出演し,消費者に対してはタイレノールの服用中止を,医療従事者には販売中止と製品回収の協力を要請し,異物混入への防御策が十分になるまで再販売しないことを明言しました。その上で,製品情報に関するフリーダイヤル設置,全国主要紙の全面広告,スポットCM,製造子会社への財政的支援,休職に追い込まれた従業員への仕事の紹介等の対応を講じます。その後の調査で,亡くなられた方々の死因は,犯人がシアン化合物をタイレノールに混入させたことにあり,タイレノールの製品自体に問題はなかったと判明しますが,3100万本もの製品が回収され,対応に要したコストは1億ドルを超えたとされます。しかしながら,徹底したコミュニケーション戦略により,消費者は同社の対応を評価し,社員同時の絆は深まりました。
ところが,それから4年後に再び同様の事件が起こります。今度は,ニューヨーク州でタイレノールを服用した女性が亡くなり,解剖の結果,死因はシアン化合物とされます。この件を受けて,ジョンソン&ジョンソン社は,タイレノール全商品のテレビCMの無期限停止,一般消費者向けのタイレノール・カプセルの製造・販売を中止し,代用品として錠剤への切り替えを発表します。同社の会長は,記者会見の中で,前回の事件の際に市場へカプセル剤を投入すべきでなかったと発言し,自社の責任を認めて謝罪しました。経営トップが謝罪することは,自社への訴訟リスクを高めることになり,有利な結果が望めるものではありません。そのため,会見での経営トップの発言は,責任の否定や慎重な言葉使いになりがちです。しかしながら,この事例では,否認の対極の対応をしたことが,自らの会社のブランドを守る結果に繋がったと評価されています。
このような製品自体に問題が疑われる事案の他にも,子会社や取引先の不祥事,反社会的勢力への対応等,現在では企業にとってリスクマネジメントの重要性が増しています。そのため,有事の際の対応について,具体的な点までマニュアル化している企業が少なくありません。既に,マニュアルを作成している企業の方にとっては,リスクマネジメントに対する経営トップの姿勢として,一方,リスクマネジメントへの取り組みが不十分と感じられている企業の方にとっては,リスクマネジメントの重要性を理解して頂く一つの事例としてご紹介させて頂きました。