1 競業避止義務について
取締役が,自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは,その取引について重要な事実を開示して取締役会の承認を受けなくてはならないとされています。
実務で競業避止義務が問題になることが多い事案のひとつは,独立起業した取締役による従業員の引き抜き行為です。在任中に取締役会の承認なく競業会社を設立して,そこに従業員を引き抜くような行為は,当然競業避止義務違反の問題が生じますが,引き抜きが退任後であっても,在任中から声掛けをするなどして準備をしていたと認められるような場合は,競業避止義務違反と認定されることもあります。
2 利益相反取引の禁止義務について
利益相反取引とは,取締役が当事者として又は他人の代理人・代表者として,会社と取引をする行為といいます。取締役が利益相反取引を行うには,事前の取締役会の承認が必要となります。
利益相反取引の具体例として,以下のような行為が考えられます。
・取締役が自己が所有する土地を会社に売却又は賃貸する行為
・会社を保険契約者及び保険受取人とする生命保険契約の保険受取人を取締役の親族に変更する行為
・会社が取締役の債務を免除する行為
・当社取締役が支配株主となっている他社との間で行う取引
・会社が取締役の債務を連帯保証する行為
3 善管注意義務違反
取締役は,その職務を遂行するにつき善良な管理者としての注意義務(善管注意義務)を負います。注意義務の水準は,その地位・状況にある者に通常期待される程度のものとされています。
取締役が業務執行について会社に責任を負うケースとして,大きく分けて,法令に違反した場合と,善管注意義務に違反した場合があります。
法令に違反した場合とは,例えば,競業避止義務違反,取締役会の承認なき利益相反取引,株主権の行使に関する利益供与など会社法上禁じられている行為をした場合です。その他,業務上横領や背任などの刑法違反や有価証券報告書の虚偽記載などの金融商品取引法違反もこれに該当します。
また,仮に明確に法令に違反していなくても,善管注意義務に違反し,会社に損害を与えた場合は,取締役は会社に責任を負わなければなりません。ただし,取締役は会社から経営を委任された立場であり,広い裁量が認められるため,取締役に責任が認められるかは,慎重に判断されます。
なぜ取締役に広い裁量が認められるかというと,取締役の業務執行は,不確実な状況で迅速な決断をせまられる場面が多く,判断を誤った場合に全て取締役が責任を負わないといけないとなると,取締役に不可能を強いることになります。
したがって,善管注意義務違反の判断は,行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか,その状況と取締役に要求される能力水準に照らして不合理な判断がなされなかったかを基準になされるべきであり,事後的・結果論的な評価がされてはならないとされています。この原則を経営判断の原則といい,取締役の会社に対する責任を判断する上で極めて重要な判断基準となります。
経営判断の原則が問題となる具体的なケースとしては,以下のような行為を取締役が行い,会社に損害が発生したような場合です。
・事業会社への融資が回収不能となった場合
・グループ会社を支援したことにより自社の財務が悪化した場合
・他社の買収と,買収金額の妥当性
・リスクの高いデリバティブ商品などによる投資運用の失敗
以上