経営者の連帯保証問題、新型コロナウィルス禍の中小企業において
新型コロナウィルス禍は、日本経済いや世界経済にとって未曾有の危機といってよかろう。
この未曾有の危機に対し、政府・日銀は,前例のないほどの資金繰り対策で大企業や中小企業を問わず、救済しようとしたと言ってよい。
日銀の新型コロナ対応オペは、政府の緊急経済対策の実質無利子・無担保融資や新型コロナ対応での信用保証協会の保証認定受けた金融機関融資を対象として、金利0%貸出しで行われ、いわゆる「新たな資金供給手段」と一体的に実施された。
しかも、オペ利用実績に応じて、対象金融機関が日銀に預けている日銀当座預金に0.1%の利息が付されて(これを付利という。)、いわば、銀行はコロナ禍で資金繰りに苦しむ企業に対し、融資をするために、貸すための資金を日銀から0%、無利子で金を借りて、日銀には、利息を払うのと逆に日銀から「付利」という形で、特別ボーナスの補助金を受取ると同様のメリットまで得ることが出来た。そこで、対象金融機関は、コロナ禍で資金繰りに苦しむ企業に対する貸出しに熱心になり、その融資のための日銀によるオペ利用は急増して、今回のオペは、2009年の同じ日銀による「ウルトラモンスターオペ」を大幅に超える大きな規模となったと言われる。
このおかげで、企業とりわけ中小企業は、政府関係金融機関や銀行から無利子・無担保融資や低利子融資、低利による信用保証協会保証付き融資を受けることが出来て、未曾有の資金繰り危機をひとまず、しのぐことが出来た。
このように、新型コロナウィルス禍で金融支援を受けた結果として、中小企業の借金による債務は増加している。
財務省の法人企業統計調査によると、資本金1億円未満の中小企業(金融業、保険業を除く)の有利子負債残高は2021年3月末に265兆円となり、リーマンショック後の2010年末の267兆円に並ぶ水準に膨らんでいる。
また、東京商工リサーチの調査でも、「過剰債務」と答えたのは、大企業が16.7%だったのに対し、中小企業は35.7%に達した。
(以上は、「中小の私的整理に新指針」日経新聞2021年(令和3年)11月5日号新聞記事による。)
もちろん、いくら無利子・無担保や低利子といっても融資は借金であり、この世に返済義務の無い借金は無い。
やがて、いつかは猶予された返済期限が来る。新型コロナウィルスショックから1年経過して、そろそろ分割支払の期限が迫っているのではないか?
そんなとき、私は、1985年プラザ合意の翌年、大阪地裁で裁判官として倒産事件を担当していたときのある倒産事件の当事者やその事件に関わった弁護士さんとのやりとりを思い出した。
その当事者とは、大阪市内で縫製業を営む会社の経営者。
同人によると、その会社は,九州の某県の某町に縫製工場を持っていて、同町内の農家の主婦たちを工場従業員として雇用していた。某町内の工場らしいものは、その会社の縫製工場が唯一。プラザ合意後に急速に進む円高のためにその会社は倒産しそうになり、期日における手形決済が難しくなったので、不渡り処分を回避するために裁判所に弁済禁止の仮処分を出して欲しいというのが、その会社の申立てであった。
その会社の経営者は次のとおり言った。
すなわち、その会社の経営者は、個人資産として、高級住宅地である兵庫県芦屋市内に豪邸を所有し、それを売却した金を自分が経営する、その会社の事業継続のための資金にすると。
これに対し、私は、和議事件を担当してもらう候補者のベテラン弁護士に尋ねた。
経営者はそう言うが、豪邸を売却したとしても、売却して、利益が出れば、不動産所得税を課税されて高額の税金を払うことになり、手元に金がどれだけ残るかは怪しい。事業継続、運転資金が十分といえるのか? 本当に、その会社は継続できるのであろうかと。
そのベテラン弁護士は、次のとおり述べた。
所得税法第64条第2項の適用が可能であれば、上記経営者の言うとおり、その会社の再生は可能とのこと。
所得税法第64条第2項は、次のとおり規定する。
すなわち、
同条第2項
「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは」、
「その行使することができないこととなった金額を前項に規定する回収することができないこととなった金額と見なして、同項の規定を適用する」と規定し
同条1項
「・・・その回収することができないこととなった金額又は返還すべきこととなった金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかったものとみなす」と規定する。
要するに、その会社が倒産し、連帯保証をしていた、その経営者が保証債務を履行するために、自己の所有する不動産を売却して、その代金を保証債務の履行に充てたが、結局、会社は再起不能で求償権の行使不能となった部分の金額については、確定申告を要件として、譲渡所得の計算上、譲渡はなかったものとされて,不動産所得税の課税はされないこととなる。
所得税法第64条第2項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」とは、
求償権の相手方たる債務者、本件の場合、縫製工場を営む会社について、破産宣告(破産手続開始決定)、和議開始決定(現在の民事再生開始決定)、失踪、事業閉鎖等の事実の発生又は債務超過の状態が相当継続し、事業再興の見込みもないこと、その他これに準じる事情があるため、求償権を行使してもその目的を達せられないことが確実になった場合をいうとされる。
所得税法第64条2項が適用される要件は、①保証債務の履行と資産の譲渡との間に直接的な結びつきがあることであるが、②保証の履行を借入金で行い、その借入金を返済するために保証債務を履行した日からおおむね1年以内に資産の譲渡が行われているときは、実質的に保証債務を履行するために資産の譲渡があったものとして、所得税法第64条第2項に該当する旨、取り扱われている。(所得税基本通達64-5)
私は、この縫製工場を営む会社について、弁済禁止の仮処分を出して,助けることとしたが、転勤したので、その後どうなったかは知らない。
その後、20年以上経過して,退官して弁護士となった後、税務署OBの税理士さんの講演を聴く機会があった。
そのとき、上記の問題が取り上げられて、そのとき,これだけは注意して欲しいと、その税理士さんは言われた。
所得税法第64条第2項の規定の趣旨は、主たる債務者が資力を喪失していない状態のときに、保証人が主たる債務者のために債権者と保証契約を締結していた場合において、その後、主たる債務者が資力を喪失する状態に陥るなどのためにその債務を弁済をしないため、保証人がその債務を弁済しなければならないことになり、その債務の履行をするためにやむを得ず資産を譲渡しその債務の弁済にあてたが、主たる債務者が資力を喪失しているため、求償権の行使が不可能であるという場合に、その資産の譲渡による所得はなかったものとみなすものであると。
なぜなら、会社の資力喪失後に事後的な債務保証等を行った場合、すなわち、法人債務の保証と担保の提供が、法人の資力喪失後で求償権も行使が明らかに不能と認められる状態となって行われたものであるとすれば、それは、いわば会社に対する贈与ないしは私財提供をするために行われたのと実質的に異ならず、この場合には、保証債務履行のために資産を譲渡した場合の課税の特例の適用はないものと考えるべきだから。
これは、長年、取引銀行から自分が経営する会社が融資を受けていて、その連帯保証人になっている経営者は、3年ごとの連帯保証契約の更新の際、十分に気をつけて欲しい。
経営者の方々が、連帯保証債務の履行のために個人資産を譲渡したときに所得税法第64条第2項の適用を受けるためには、あくまでも、3年ごとの連帯保証契約の更新の時に、自分が経営する会社が資産を喪失していない場合に限られることを頭の中にたたきこんでおいて欲しい。
もしも、取引銀行から自分が経営する会社の連帯保証契約更新を求められたとき、その会社の財務状況が極度に悪化していた場合には、「経営者保証ガイドライン」の方法を考慮すべきで有り、是非,弁護士に相談して下さい。
何かご質問や相談があれば、当職所属事務所(電話093-967-1652)にお電話下さい。
以 上