1 このところ、新型コロナウイルスショックが言われ、本年2020年2月終わ
りから3月にかけて、アメリカのダウ平均株価は20%以上下落し、日本でも3
割近く株価が下落したのではないでしょうか?
アメリカのFRBのパウエル議長によると、アメリカは第2次世界大戦後のど
んな不況よりも厳しい不況に入る瀬戸際にあるそうです。
最近のイギリスのGDP発表による数字は、第2次世界大戦後どころか過去約
300年ほど遡った1705年(スペイン継承戦争が起こった年の翌年)以来の
ひどい数字だそうです。
ウイルスは、正体が見えず、感染のことを考えるだけで、恐怖の思いで一杯に
なるので、考えたくもありません。
そこで、目先を変えて、新型コロナと中小企業の後継者への株式譲渡の関係に
ついて考えてみます。
結論からいうと、中小企業の後継者への株式譲渡は、いまのこの新型コロナウ
ィルスショックの時こそチャンスではないかということです。
2 中小企業の事情承継問題で、経営者甲にとって最も大きな問題はそもそも自分
の会社の経営を受け継いでくれる後継者がいるのかどうかです。
これに対して、幸いにして継いでくれる後継者がいる場合は経営者甲には何も
悩みがないかというと実はそうでもありません。
経営者甲として、例えば長男は大会社に就職して社長業を継いでくれないが、
二男は学校を卒業してからずっと自分経営の会社に入って、社長である甲と同居
して、甲経営の会社を手伝ってくれて、他の従業員からの人望もあり、二男に
会社経営を任せておけば安心だし、長男や嫁に行った長女も二男が父親甲の社長
業を継ぐことに皆賛成している場合を考えてみましょう。
3 経営者甲として、二男を次期社長として後継者にすることを決めた以上、二男
の将来における経営を安定したものにしたいと望むのは当然です。
そうすると、経営者甲として、早い内に、二男の会社経営を確かなものにする
ため、株式や事業資産を二男に集中させようとすると思います。
そのときは、妻は亡くなっているとして、二男以外の相続人である長男や長女
の相続分や遺留分を考慮しなければなりません。
相続について定める民法では、相続人として、長男、後継者である二男、嫁に
いった長女の合計3名が法定相続人である場合、各相続人の法定相続分は3分の
1ずつです。
民法の定めは、後継者問題、将来の会社支配権など事業承継における経営者甲
個人の思惑や心配などには全くお構いなしの規定です。
何の対策もしていなければ、後継者二男の将来の経営は難しい問題を抱え込み
ます。
4 嫁に行った長女には、嫁入りのとき、かなりまとまった金を渡したので大丈夫
のはずですと経営者甲は言います。
しかしながら、経営者甲が長女に嫁入りのときに渡した財産は、特別受益とし
て遺産分割の際に考慮されるとしても、全く長女に相続分がない、長女には何も
取得させなくてもよいとまではいえない場合が多いと思います。
また、二男が会社を継ぐのに異存はない長男にしても、経営者甲の相続につい
てすべてお任せ、どんな内容になっても文句はないというわけにはいかない。
仮に、経営者甲が後継者二男の将来の会社支配権を最大限考慮した内容の遺言
を残したとしても、甲の相続開始の後に、甲の遺言の内容によっては、長男や長
女たちが遺留分の主張をしてくることは避けられません。
私がある事件で事業承継のことで、既に長男を後継者と定めて、長男に対し会
社の株を生前贈与していた前の代表者に対し、嫁に行った娘さんの遺留分主張の
説明をしたら、「わしの目の黒いうちはそんなことは言わせん」と言われたのが
印象的でした。
残念ながら、遺留分問題は、経営者の目が白くなってから出てくる問題である
ことをわかっておられないようでした。
5 ここで相続税の計算の仕組みについて述べます。
- 個人が相続又は遺贈により取得した財産の価額+「みなし相続財産」の価額
- 被相続人の債務及び葬式費用
- 相続開始前3年以内に被相続人から受けた贈与財産
- 相続時精算課税制度の適用を受けた贈与財産
とすると
課税価格=①-②+③+④
前記①の「みなし相続財産」とは、例えば、死亡保険金、退職手当金など民法上の相続財産ではないが、
相続税法上、相続財産とみなされて、相続税の課税対象とされるものです。
前記①のうちのみなし相続財産、②、③、④は、本問ではいずれもないものとします。
そうすると、甲の自宅の土地・建物、甲経営の会社の株式及び甲名義の預貯
金が課税対象となる場合を考えてみましょう。
6 上記の課税価格から遺産に係る基礎控除額(3000万円+600万円×法定
相続人の数)を差し引いて、課税遺産総額を計算します。
例えば、経営者甲の相続財産が、二男家族と同居している自宅の居住用建物(固
定資産評価額1000万円)、その自宅建物の敷地である土地120㎡(路線価
6000万円)、そのほかに会社の株式及び多少の預貯金とします。
これらを合算したものが、そのまま課税遺産総額になるわけではありません。
小規模宅地の特例という制度があります。
ある個人が、相続や遺贈によって取得した財産のうち、その相続開始直前にお
いて被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等のうち一定のも
のがある場合、その宅地等の一定の面積までの部分(小規模宅地)については、
相続税の課税価格に算入すべき価額の計算上、ある割合を減額することが認めら
れることがあります。
特定居住用建物の敷地の場合、330㎡までは80%減額が認められます。
誰が相続しても適用があるわけではありません。例えば、被相続人と生計を一
にしていた親族、相続開始前から相続税の申告期限まで引き続きその家屋に居住
し、かつその宅地等を相続税の申告期限まで有している場合などは適用がありま
す。
本件では、甲と同居している二男が自宅の土地・建物を取得した場合には適用
になる可能性が高そうです。
そうすると、土地の評価額は、6000万円×20%=1200万円となり、
相続税について相当の節税になりそうです。
この節税のメリットは二男だけでなく、長男、長女などのほかの相続人全員に
とってもメリットになります。
しかし、後継者問題を考えると、二男への株式譲渡を検討しなければなりませ
ん。相続税が安ければ良いというわけにはいかないと思います。
7 次に、甲経営の会社の株式について考えてみましょう。
経営者甲の会社はいわゆる非公開会社です。
非公開会社の相続における評価方法の一つに、会社の純資産(いわゆる簿価)
を基に計算するもののうち、会社の貸借対照表上の価額を時価に引き直して計算
する時価純資産価額方式があり、これが多く用いられます(例えば、会社所有財
産の土地などに含み価値があれば簿価でなく時価に引き直さなければならない)。
このほか、類似業種比準価額方式があります。類似会社の株価に基にして、複
雑な計算方法で算出されます(国税庁ホームページで計算方法にアクセスして下
さい。)
また、類似会社批准方式や配当還元方式などいろいろあります。
類似業種の株価は課税時期の属する月以前3ヶ月間の各月の類似業種の株価
のうち最も低い株価とし、納税義務者の選択により、類似業種の前年平均株価又
は課税時期の属する月以前2年間の平均株価によることもできるとされていま
す。
(「類似業種比準価額とは」で国税庁ホームページにアクセスして下さい。)
国税庁ホームページ「取引相場のない株式の評価」によると
原則的評価方式は、まず評価対象株式を発行した会社の総資産価額、従業員数及
び取引金額により会社を大中小と区分します。
大会社は、原則として、類似業種比準価額方式により評価します。
類似業種比準価額方式は、類似業種の株価を基に、評価対象会社の一株当たり
の「配当金額」、「利益金額」及び「純資産価額(いわゆる簿価)」の三つで比
準して評価する方法です。
小会社は、原則として、純資産価額方式によって評価します。
中会社は、大会社と小会社の評価方法を併用して評価します。これを併用方式
といいましょう。
注意しなければならないのは、類似業種比準価額方式で評価する場合の三つの
比準要素の中身によって特定の評価会社に当たる場合には、中会社であっても、
純資産価額方式となって、併用方式の適用にならないことがあります。
併用方式の場合に比較して純資産価額方式では株価引下げにならないことも
あります。
さらに、平成29年度税制改正により「取引相場のない株式等の評価」におけ
る「会社規模」の判定基準の見直しについて平成29年5月15日に改正自社株
評価通達が国税庁から公表されて、平成29年1月1日以後に相続等により取得
した財産の評価において一律適用になることにも注意して下さい。
8 経営者甲の会社は、甲一人が全部の発行済み株式全部を保有する典型的な同族
会社です。
会社の規模による区分は、従業員数、直前期末の総資産価額、直前期末以前1
年間における取引金額によって判断されます。
甲の会社は、業種は卸売り会社であり、会社の規模は、従業員6名以上70名
未満で、総資産価額(帳簿価額によって計算した金額)が7000万円以上で、
年間取引金額2億円以上3億5000万円未満の大中小の3区分のうちの中会
社で、その大中小のうちの小に当たる会社とします。
(「取引相場のない株式等の評価(会社規模の判定基準の見直し等)国税庁参
照して下さい。」
そうすると、甲の会社の株価算定は、比準要素に問題がなければ時価純資産価
額方式と類似会社比準方式の併用方式が適用されそうです。
9 株式の相続税評価を低くするには、簿価純資産を引き下げればよいわけですが、
そのために含み損となっている資産を売却して実現損を出してしまう、溜まって
いる不良債権について貸し倒れを実施するなどの方法で簿価純資産価額を下げ
て結果として株価を下げる方法があります。
純資産価額方式は、相続税評価を行った純資産を発行済み株式数で除した金額
を評価額とする方式ですから、株価を下げるには要するに発行済み株式数を増や
せばよいわけです。社員持ち株会を作って、第三者割当増資を行う方法がありま
す。
ただし、発行価額が安すぎると、みなし配当等が発生する可能性があるので、
注意が必要です。
純資産価額を下げて株価評価を引き下げる方法として、生命保険も有効とされ
ています。
株価を下げる方法に、適正な範囲で役員報酬を増額するというのもあります。
会社の法人税額の計算上、損金として認められる役員報酬を増額すれば、会社
の利益額は下がります。
ただし、その役員報酬は不相当に高額になってはなりません。不相当に高額な
部分は損金算入を認められないからです。
利益が下がれば、株価評価のうち、類似業種比準価額(業績による評価額)が
下がります。
もちろん、報酬増額となった役員自身の所得税は上がりますし、役員をしてい
る息子さんの株式購入資金のために報酬を上げるというのも考え物です。報酬を
上げれば、同額の社会保険料を納付しなければならなくなることも忘れてはいけ
ません。
10 インターネットにアクセスすると以上に述べた以外にも、いろいろな税理士事
務所によって株価引き下げの方法の紹介がされています。
先ほど、類似業種の株価は課税時期の属する月以前3ヶ月間の各月の類似業種の株価のうち最も低いもの、
選択により前年平均株価、前2年間の平均株価のうち、最も低い株価を採用すると言いました。
ここで冷静になってみると、経営者甲は、後継者二男に対し、新型コロナショ
ックが2020年3月から5月の3ヶ月間の各月の類似業種の株価のうち最も
低い株価を基に計算した株価で、最安値の株価になった日の属する月中に自分
の会社の株式を、二男に譲渡するというもありだったかもしれません。
既に5月は残り少ないので無理でしょうけれども、それなら、2020年1年
間を通して、1年間平均株価で株式譲渡も考えられます。
いずれにしても、類似業種を基にするといっても、複雑な計算方法に基づいて
算出されますし、比準要素の中身によっては、中会社でも併用方式が使えなくな
ることもありますので、顧問の税理士さんに慎重に計算してもらって下さい。
いますぐ譲渡するのであれば、後継者二男が経営者甲の持ち株を買い取りやす
いように、二男を甲の会社の役員にして高額の役員報酬の株式の購入資金とさせ
る方法もありますと甲に勧めてみました。
経営者甲は、「とんでもない」と言いました。甲としては、なんとか従業員の
雇用は維持したい、他方、新型コロナショックで今は売上げ蒸発時代、従業員に
は現在の給与は無理でも、なんとか休業補償だけでもやりたい、いま息子には購
入資金がない、ここは雇用調整助成金の助けを借りたいと思っているときに息子
だけ株購入のために高額役員報酬というわけにはいかない、だからとんでもない
ことだそうです。
確かに、もっともです。もはや5月は残り少ないので、来年決算期末ころまで
に株価引き下げ対策をしてはどうでしょうかと申し上げました。
新型コロナショックの時代だからといってはなんですが、銀行借入れを増やす
というのはどうでしょうか?
いまは、あの無借金経営の代表トヨタさえも、現実の借入れはしないものの、
コミットメントライン契約といって、借金できる枠を確保したとのことです。
一部上場の大会社でも手許現金はせいぜい経営必要資金の2か月分くらいだ
そうです(テレビ東京のコメンテータ発言)。まして一般の中小企業では、毎月
の売り上げが入ってこそ、事業所家賃や人件費などの固定費支払いをまかなえる
と思います。
豊洲の東京魚市場卸協同組合のえらい方によると、「仲卸の手元資金は手元現
金等を月商で割った手元流動性比率は平均25日しかない」だそうです(日経新
聞2020年5月20日号「マーケット商品」欄)
冒頭に述べたように、新型コロナショックは、リーマンショック、ひょっとす
るとそれ以上の大不況になるかもしれません。
需要蒸発、売上げ蒸発になっても、人件費や家賃など固定費はかかります。こ
んな状態では、手元現金だけが頼りです。銀行から借入れて、その金をプールし
ておくのも必要でしょう。
もちろん、借り過ぎには注意しましょう。昔、東京のある信用金庫の理事長さ
んが言われた「貸すも情け、貸さぬも情け」という名言があります。
いくら銀行が貸してくれるからといって、借金は借りた以上は、当然ですが返
済しなければなりません。必要資金額だけでなく、借りた場合に、返済をどう計
画的にやっていけるのか、返済資金のめどはあるのかなど全体のバランスを考え
なければなりません。
上記名言は、貸しすぎは、かえって債務者を苦しめるという戒めと思います。
したがって、甲としては、借り過ぎになることを避けながら、銀行から借り入
れて手許現金を確保しておくことも考えても良いのではないかと存じます。
このコラムを書いていた5月22日、日本銀行は、6月の定例会合を待たずに
中小企業の資金繰りを支援する制度の導入を決める臨時の金融政策決定会合を
開催するそうです。
同制度は、内閣による緊急経済対策における信用保証付き融資の保証料・利子
減免制度利用の金融機関貸出しを対象として、日本銀行が金利ゼロ%で、その金
融機関に対し、資金を供給し、利用残高の実績に相当する日本銀行当座預金にプ
ラスの0.1%を付利するという内容になりそうだとのことです(ブルームバー
グ)。
弁護士としては、甲からの後継者二男への株式譲渡は生前贈与でなく、時価に
よる売買が望ましいと申し上げたいところです。
売買でならば、遺留分問題や特別受益問題を心配せずに済みそうだからです。
甲があまり早く株式譲渡をしたくなければ、信託を利用する工夫もできます。
来年の決算期末までに株価引き上げ対策を行ったうえで、類似業種の前年平均
株価で株式譲渡を行うことを考えてみてはいかがでしょう。
いずれにしても、新型コロナウイルスショックは事業承継における株式譲渡の
絶好のチャンスかもしれないというのが結論です。
顧問の税理士さんに自分が経営する会社の株価を算定してもらって、十分なシ
ミュレーションを行って、慎重に対策を行って下さい。
本問やその他でも何かご相談があれば、
当法人北九州オフィスの電話093-967-1652に電話して弁護士永留を呼び出して下さい。
以 上