労働者が亡くなったときに,遺族に死亡退職金が支給されることがあります。この死亡退職金の受給権者は,社内規程や法律・規約に定めがあり,一般の相続とは区別されることが多いです。たとえば,亡くなった方に妻と子がいた場合,相続財産であれば,妻と子の法定相続分は1対1ですが,死亡退職金の受領権者を「配偶者」とする定めがあれば,それに従い,子は死亡退職金を受け取れないこととなります。
では,今の事例で,亡くなった方と妻との婚姻関係が形骸化しており,ほとんど夫婦の実態がないような場合はどうでしょうか。
こうした事例について判断した近時の判例があります(最高裁判所第1小法廷・令和3年3月25日判決)。
この判例の事案において,原告Xは,死亡した母親Aが加入していた企業年金や厚生年金に基づく遺族給付金や遺族一時金,そして,Aが勤務していた企業が加入していた中小企業退職金共済に基づく死亡退職金の支払を求めました。
いずれも規約・法律上は,給付を受けられる第一順位は「配偶者(届出をしていないが,死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む)」であり,第一順位がいなければ第二順位の「子,父母,孫,祖父母,兄弟姉妹で死亡者の死亡当時主としてその収入によって生計を維持していたもの」が受給できるものと定められていました。そして,Aには配偶者Bがおりました(つまりXの父親です。)。
ところが,Bは,かなり前に原告やAと別居して,他の女性と暮らしていました。別居期間中,Aと面会したのは数回に過ぎず,婚姻費用の分担もほとんどしませんでした。AはBから協議離婚を求める書面の送付を受けましたが,Xが当時大学生であり就職に支障が生ずることを心配して,離婚の意思があったものの,その手続をとらずにいました。やがてAは病気に罹患し,離婚届の作成も儘ならないうちに死亡しました。AはBを相続廃除し,BはAの死亡を知りながら葬儀に出席しませんでした(以上,裁判所が認定した事実に基づきます)。そこで,Xは,死亡退職金をBが受け取るのはおかしいと主張したわけです。
第一審の地方裁判所の判断は,AがB以外の者と事実上の婚姻関係にあったことはなく,BのほかにAの配偶者であると主張する者はいないから,Bとの婚姻関係の実態を判断するまでもなく,Bが配偶者として受給権を有するというものでした。
これに対し,最高裁判所(及びその原審である高等裁判所)は,Bは受給権者たる「配偶者」には当たらないと,逆の結論を示したのです。最高裁の理屈は次のようなものでした。
すなわち,中小企業退職金共済法やAの加入していた年金の規約において,死亡退職金や遺族給付金を受ける遺族の範囲や順位を定めているのは,死亡した者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として,民法上の相続とは別の立場で受給権者を定める趣旨であるところ,その趣旨に鑑みれば「配偶者」も,死亡者との関係において互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者をいうと解すべきであり,民法上の配偶者についてその婚姻関係が実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合,すなわち,事実上の離婚状態にある場合は,「配偶者」に該当しない,というものでした(死亡した者に配偶者の他に事実上の婚姻関係があった者がいるか否かにより,この結論は左右されない,としました。)。
以上の最高裁の判断が示すとおり,形式的に配偶者であるというだけで,常に死亡退職金を受け取る権利があるとは限らないため,注意が必要です。もちろん,これは事例判断であり,退職金や年金の種類により,また違う結論もありえますし,事実上の離婚状態といえるか否かの判断も,今のところ一律の基準があるというわけでもありません。
ただ,注目していただきたいのは,最高裁が死亡退職金等の受給者を定める法や規約の趣旨・目的に立ち返り結論を導いたという点です。これを「趣旨解釈」と言ったりしますが,法の文言だけでは言葉足らずの場合や,これを杓子定規に当てはめると妥当な結論が導けない場合に,裁判所がよく用いる手法です。この事例に限らず,こうした解釈があるのだということは知っておくと良いと思います。
余談になりますが,私は小学校や中学校でも,法律を教えることがあります。そのときに,次のような例題を出します。「あるクラスで『傘を教室に持って入ってはいけない』というルールがあったとします。ある日Aさんが置き傘のために折り畳み傘を教室に持ってきました。Aさんの行動はクラスのルールに違反していますか?」
さて,「趣旨解釈」の手法を使うと,どのような回答になるでしょうか?