今回も,前回に引き続き,民法改正についてお話したいと思います。2017年5月26日に「民法の一部を改正する法律」(以下「改正法」という。)が成立し,この改正法は,一部例外はあるものの,2020年4月1日から施行されることになりました。この民法改正ですが,債権関係の規定について,社会・経済の変化への対応を図り,国民一般にわかりやすいものにする等の必要性から,契約に関する規定を中心に見直しが行われています。
これまで「消滅時効の見直し」「法定利率の見直し」についてお話しましたが,今回は,「相殺禁止に関する見直し」について,実務上,重要となってくる点をお話したいと思います。
『相殺』という言葉は日常でもしばしば耳にしますが,例えば,AがBに対して100万円の売掛債権を持っており,一方,BもAに対して100万円の売掛債権を持っているような場合に,AがBに対して,相殺の意思表示をして,AとBがお互いの債権を消滅させるような場合をいいます。相殺とは,AとBが互いに100万円の債権を有する場合に,一方の意思表示により,互いの債権を消滅させることです。Aが相殺をする場合には,Aの債権を自働債権,相手方Bの債権を受働債権といいます。
現行民法は,不法行為債権を受働債権として相殺をすることは一律禁止(現§509)しています。なぜこのような規定がなされていたかというと,①不法行為の誘発を防止するためと②現実の弁償による被害者保護を図るためといわれています。
例えば,このような場合をイメージしてください。
AがBに対して10万円を貸していたところ,Bがいつまでも経ってもお金を返してくれません。これに怒ったAが「返してくれないのなら,そのぶんボコボコにしてやれ。どうせ相殺できるんだから。」とBに殴る蹴るの暴行を加えたとします。Bは大怪我を負って入院することになり,治療等に10万円かかることになりました。BがAに対して治療費等を請求すると,AはBに「貸金債権と損害賠償債権を相殺だ!」と言って支払をしようとしません。
このように,不法行為債権を受働債権として相殺可能とすると,AはBに「貸金債権と損害賠償債権を相殺だ!」と主張することができてしまい,BはAから治療費等を受け取れなくなってしまうのです。
このように,すべての債務について相殺が認められてしまうと,①不法行為を誘発するおそれがある,②現実の弁償による被害者保護がなされない,ことから,現行民法は第509条において「債務が不法行為によって生じたときは,その債務者は,相殺をもって債権者に対抗することができない。」と規定していました。
しかし,これに関しては,例えば,AとBが双方の過失で交通事故(物損)を起こし,相互に不法行為債権を有している場合に,Bが無資力であっても,Aは相殺できず,自己の債務のみ全額弁済しなければならないという現実上の不都合がありました。これに対しては,不当ではないか,相殺禁止の理由に照らして合理的な範囲に限定すべきではないか,という批判があったのです。
そこで,このような批判を受け,今回の改正法では,民法509条で,相殺禁止の対象となる不法行為等により生じた債権を次の2つに限定し,それ以外は相殺可能にすると改正しました。
1.悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務(← A 誘発防止という観点)
2.人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(← B 現実弁償が必要という観点)
このように,一定の場合には,不法行為債権を受働債権として相殺することが可能となりましたので,実務上,相殺を考える場合には,自分が持っている債権が「不法行為によって生じたものであるから相殺できない。」とあきらめるのではなく,どのような債権なのかをきちんと確認するとよいでしょう。
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