土地造成をした敷地上に住宅建物が建築された後相当年数経過した、その中古
の住宅建物とその敷地を前の所有者乙さんから買った甲さんの話を紹介しよう。
甲さんが買った当初こそ、特にどう言うこともなかったが、しばらくするうち
に、住宅建物が傾く、いわゆる不同沈下を起こしたようである。
甲さんが、前の所有者乙さんを含めていろいろ人から聞いたところによるとこ
うである。
前の所有者乙さんがその土地を買ったとき、土地の面積こそ100坪はあった
が、その土地のほとんどの部分は傾斜地で、そのままでは、家を建てようとして
も、どうしようも出来なかったとのこと。
そこで、前の所有者乙さんは、土地造成業者丙さんに対し、土地造成を頼んだ。
その業者丙さんは、傾斜地の上の地山部分を堀り削って切り土(きりど)法面
(のりめん)にし、その堀り削った土を、道路の線沿いに立てた擁壁の内側に埋
め戻しをして、盛り土(もりど)法面にした。
切り土法面及び盛り土法面についてくわしく見てみよう。
切り土法面については、雨水が降雨の度に法面から土中に浸透し、飽和・不飽
和の乾湿を繰り返し、地山が風化したり、亀裂が進むなどして強度が徐々に低下
するとされる(国交省近畿地方整備局近畿技術事務所、道路法面維持管理のた
めのハンドブック(案)2頁、3頁)
盛り土法面については、①降雨による雨水の浸透および地下水の移動によって、
地下水位の変動が繰り返される→②土中の細粒分が法尻部に移動し、滞留する→
③その部分の透水性が低下→④その部分より上部の土中水分量が上昇しやすく
なる→⑤盛り土材の重量が増加し強度も低下するとされる(上記ハンドブック
同頁)。
他に、別にこうも書かれている(法面崩壊について、インターネット記事)。
切り土法面では、切りっぱなしや植生してない法面、とりわけ切り土法面の表層
が真砂土、砂、火山灰土などの土砂でおおわれている場合には、雨水によって表
層が侵食されて法面崩壊につながる。
盛り土法面の場合でも降雨に曝されると、雨水によって表層が侵食されて法面
崩壊につながる。
以上によると、前記の土地造成業者丙さんのように、傾斜地を切り土法面と盛
り土法面にしただけの造成地は、雨水の浸食作用等によりやがては法面崩壊につ
ながる軟弱地盤に過ぎず、建物を建てるには、相当の地盤改良工事が必要になる。
現実には、前の所有者乙さんは、土地造成業者丙さんが造成した土地上に、何
らの地盤改良工事もせずに、某工務店に頼んで自宅建物を建築して、その住宅建
物に何年か住んだ。
通常、工務店の建物建築工事では、ハウスメーカーと違って、地盤調査がされ
ることは少なく、本件でもされておらず、乙さんも乙さんが施工を頼んだ某工務
店も乙さんの自宅建物を建築した敷地が軟弱地盤であることは知らなかったと
思われる。
地盤改良工事のうち、転圧というのがある。転圧、突き固めなどで、土を締め
固める。土は、土の粒子と水分と空気で構成されていて、それらの粒子と粒子の
間は大きな隙間になっている。それら土、水分、空気の粒子を締め固めることで、
土の中の空気を押し出し、隙間を小さくして、土の粒子と粒子をしっかり接触さ
せて密にすることで、水分の滞留をしにくくする。
逆に、転圧などで土を十分に締め固めることをしないままに、軟弱な地盤の上
に建物を建てた場合、地中の土の粒子と粒子の間の隙間に滞留した水分が建物自
体の重みに押されて横に逃げて、その逃げた水分の体積分だけ地盤が沈下し、そ
の沈下が不均等のために地盤上の建物が傾いていく。これを不同沈下という。
また、切り土と盛り土の境界に建物を建築した場合にも不同沈下が起こる。盛
り土側の土が圧縮されて沈下し、地盤と基礎が場所によって不均等な沈下をする
ため、建物にひびが入ったり、建物が傾いたりする。
このような不同沈下は、軟弱地盤上に建物を建築したからといって、すぐに不
同沈下をし始めるわけではない。
乙さんも、軟弱地盤上に建築した建物内に2,3年くらいは居住したが、生活
するのに、とくに何も支障はなかったようである。
甲さんが乙さんの旧自宅及びその敷地を買って、そこへ居住して、ほどなくそ
の中古住宅が傾く、不同沈下が始まり、甲さんは、たまらず、乙さん相手に中古
住宅およびその敷地の売買無効を理由とする民事裁判を起こして、実は、私が裁
判官時代に担当したものである。
私は、その事件を、まず民事調停に付して、建築士の資格のある専門家調停委
員ともう一人の素人調停委員と私の3人で現場調停に赴き、その中古住宅建物の
床に、専門家調停委員が持ってきたビー玉を置くと、ゴロゴロと勢いよく、転がっ
たものである。
不同沈下を起こして、建物が傾いていることは明らかである。
私は、専門家調停委員に対し、ビー玉ゴロゴロ状態になるほどの家の傾きなら
ば、居住している人は、何らかの体調悪化、そこまでなくとも不快感を感じるこ
とはないかと質問した。
これに対し、専門家調停委員は、不快感まであるかはわからないが、何らかの
違和感を感じることは確かだし、やがては不快感につながるかもしれないとの回
答であった。
誰が、責められるべきなのか?
傾斜地の土地造成を頼んだ、前の所有者乙さんに責任があるのか?
簡易な地盤調査さえせずに、乙さんから頼まれて、軟弱地盤の上に建物を建築
した某工務店に責任があるのか?
傾斜地の土地造成を頼まれて、造成を行った土地造成業者丙さんに責任がある
のか?
インターネット記事を見てみる。
現在の「不動産の表示に関する公正競争規約」では、規約13条で、「⑤ 軟
弱地盤等であるときは、その旨を表示」「⑥ 傾斜地の割合が概ね30%以上占
める場合(マンション・別荘地を除く)、傾斜地を含む旨及び傾斜地の割合又は
面積を表示」とされている(インターネット、「法地(のりち)は土地面積の有
効面積が減る?!」や「不動産広告作成時の自主点検表」など)。
そうすると、中古住宅を売買した売主である乙さんに責任がありそうである。
しかしながら、私が事件を担当したころ、公正競争規約がどうなっていたかわ
からないし、現在の問題として考えたとしても、乙さんは、仲介業者さんは教え
てくれなかった、自分は造成業者丙さんに土地造成を頼んだだけで、具体的方法
は、業者に任せている、自分自身が居住していた期間、何もなかった、などと言
うだろう。
住宅を建てた某工務店にしても、敷地につき、傾斜地のころから知っていれば
ともかく、丙が造成した土地だけを見て、事情を知らないままに、住宅建築を始
めたのでれば、ハウスメーカーならともかく、工務店が簡易な地盤調査さえせず、
建築工事をしたことにつき責任があるとまでいえるかは簡単ではない。
造成を頼まれた造成業者丙さんにしても、自分は傾斜地の土地造成を頼まれた
だけ、建物建築可能な造成地にすることを頼まれたわけではないと言うかもしれ
ない。
ただし、丙さんとしては、乙さんが土地造成を自分に頼んだ以上、やがて造成
地上に建物を建築することは予想できるし、ほとんど100%近くの元傾斜地を
造成して盛り土法面と切り土法面がほとんどを占める状態にした軟弱地盤であ
ることを専門家としてわかっているとすれば、もしも、乙さんがハウスメーカー
に頼んで建築するに当たって、ハウスメーカーが地盤調査をして、大規模な地盤
改良工事の必要を言われて、乙さんが多額の支出を余儀なくされた場合、果たし
て、丙さんが乙さんから文句を言われずに済むとは思えない。
造成業者丙としては、乙さんに対し、100%近い傾斜地を、ほとんど切り土
法面と盛り土法面にした造成によって出来た造成地は軟弱地盤であり、とてもそ
こに家を建てるような土地ではなく、必ずといってよいほど、地盤改良工事が必
要になって、柱状改良工法や鋼管杭工法などにより多額の費用の支出を乙さんは
余儀なくされることを説明し、説明したことを証拠として残しておかなければな
らない。
また、丙さんは乙さんに対し、乙さんが家を建てる場合、ハウスメーカーに対
して、丙さんが造成した土地は、100%近く傾斜地を、ほとんど切り土法面と
盛り土法面の造成地は軟弱地盤であることをちゃんと説明するように注意を促
しておかなければならない。
ところで、甲さんの救済はどうなるのか、十分に検討したうえで、後日論じた
いと思う。
とりあえず、甲さんのように中古の家とその敷地を買い受けるのは、相当のリ
スクがあることを覚悟した方が良い。
不動産仲介業者さんは、中古の家とその敷地の売買では、「現状有姿」で引き
渡すと契約書に記載するのは常識だそうである。
本件でも、100%近くの傾斜地の造成を頼んだ前の所有者乙さんは、その土
地が軟弱地盤であるという専門知識はないし、現実にその土地上に家を建てて、
2,3年間居住しても問題なかったとすれば、問題意識はないのも無理はない。
売主乙さんから売買の仲介を頼まれた不動産仲介業者にしても、乙さんから事
情説明を受けていなければ、公正競争規約に従って、「傾斜地の割合が・・・・」
などと広告に書きようがなく、「現状有姿」云々と書いておくのも致し方ない。
買主の立場としては、中古のものは、自動車でも、土地(とりわけ地盤)につ
いて、大きなリスクがあり、購入前に地盤調査をしておくのが望ましいといえる。
以 上