1 はじめに
時間が経つのは早いもので,気が付けば間もなく3月も終わろうとしています。4月の入学や転勤に向けて,引っ越しの準備中という方も多いのではないでしょうか。これまで賃貸マンション・アパートからの引っ越しを経験したことがある方の中には,「敷金から差し引かれている『原状回復費用』って何?」と疑問を持たれたことがある方もいらっしゃると思います。
今回は,賃貸マンション・アパートから退去する際の原状回復について解説したいと思います。
2 賃借人の義務
賃借人は,賃貸借契約が終了した際には,賃借物を受け取った後に生じた損傷を原状に復する義務(原状回復義務)を負います(民法621条本文)。
この原状回復義務は,「賃借物を受け取った後」(621条本文)に生じた損傷を元に戻さなければならないというものであり,賃借物を借りた当初の状態に戻さなければならないというものではありません。どんなに大事に賃借物を使用していても,使っているうちに多少損耗するのは仕方がないことであり,使っているうちに損耗し,価値が目減りした分は賃料から回収されるものだからです。
そのため,賃借人は,①通常の使用・収益によって生じた損耗(通常損耗 621条本文かっこ書き),②経年変化(621条本文かっこ書き),③賃借人に責めに帰することができない事由による損耗(621条但書)については,賃借人は原状回復義務を負いません。
3 通常損耗とは?
では,通常損耗とは具体的にどの程度の損耗のことをいうのでしょうか。
(1)家具を置いていたため,床・カーペットが凹んでしまった
家具の保有数が多いという日本の実情からすると,家具を設置したことによる床やカーペットの凹みは,通常損耗の範囲内といえます。
(2)畳やフローリングの色落ち
日照による色落ちであれば通常の生活で避けられないものであり,通常損耗に当たると思われます。
ただし,賃借人の不注意で雨が吹き込んだことによる色落ちであれば,賃借人の責めに帰すべき事由によるものとして,賃借人が原状回復義務を負うことになります。
(3)壁に貼ったポスターの跡
壁のクロスにポスターの跡が残るのは,日照等の自然現象によるものであり,壁に残ったポスターの跡は,通常の生活による損耗の範囲内にあると思われます。
(4)壁のネジ穴
エアコンを設置するための壁のネジ穴については,エアコンは現在では生活必需品になっていることから,エアコンを設置するためのネジ穴は通常損耗の範囲内といえます。
これに対し,絵画等の生活必需品とはいえない重量物を掛けるため,下地ボードの張替えが必要な程度のネジ穴をあけた場合には,通常損耗の範囲を超えるものと思われます。
(5)その他の場合
その他の場合についても,国土交通省が作成している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」で詳細に解説されています。
このガイドラインにより契約内容が拘束されるわけではありませんが,契約内容が妥当かを判断するための参考にはなります。原状回復費用について納得いかないという場合には,まずはこのガイドラインを調べてみるとよいでしょう。
4 通常損耗について,特約で原状回復費用を賃借人負担と定めた場合
特約により,通常損耗の補修費用を賃借人負担とすることもできます。
しかし,判例は,特約が有効に成立したといえる要件については,「賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である」(最高裁平成17年12月16日判決)と厳格に判断しています。
5 最後に
以上のように,判例は,通常損耗の補修費について賃借人負担とするためには,まずは通常損耗の範囲が契約書の条項自体に具体的に明記されているかどうかにより判断するとしています。なので,原状回復の費用について疑問を持たれた際には,まずは契約書を確認することをお勧めします。契約書を確認してもよく分からないという場合には,弁護士に相談し,契約書を確認してもらうことをお勧めします。弊所でも相談を随時受け付けていますので,お気軽にお問い合わせください。
【参考文献】
判例タイムズ1200号127ページ,1210号54ページ,1215号54ページ
NBL833号63頁